「万引き家族」でカンヌ国際映画祭の最高賞であるパルムドール賞を受賞した是枝裕和監督。今回は舞台を韓国へと移し、捨てられた赤ん坊を売りさばく「ブローカー」の物語を描きます。
日本人である是枝監督が海外で映画を撮るのはこれが2回目で、最初に海外で製作したのはフランスで撮影された「真実」。キャストにはカトリーヌ・ドヌーヴやイーサン・ホークを据えて、批評的にも非常に高い評価を得た作品。
本作では「パラサイト/半地下の家族」の記憶が新しいソン・ガンホを主演に置き、韓国映画らしさもありながられっきとした”是枝作品”であり、決して無視できないテーマを孕んだ良作として多くの人に観てもらいたい一本となっていました。
本記事ではネタバレありでレビューしますので、必ず本編ご鑑賞後にお読み下さい!
映画「ベイビー・ブローカー」あらすじ
古びたクリーニング店を営みながらも借金に追われるサンヒョン(ソン・ガンホ)と、〈赤ちゃんポスト〉がある施設で働く児童養護施設出身のドンス(カン・ドンウォン)。ある土砂降りの雨の晩、彼らは若い女ソヨン(イ・ジウン)が〈赤ちゃんポスト〉に預けた赤ん坊をこっそりと連れ去る。彼らの裏稼業は、ベイビー・ブローカーだ。しかし、翌日思い直して戻ってきたソヨンが、赤ん坊が居ないことに気づき警察に通報しようとしたため、2人は仕方なく白状する。「赤ちゃんを大切に育ててくれる家族を見つけようとした」という言い訳にあきれるソヨンだが、成り行きから彼らと共に養父母探しの旅に出ることに。一方、彼らを検挙するためずっと尾行していた刑事スジン(ぺ・ドゥナ)と後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)は、是が非でも現行犯で逮捕しようと、静かに後を追っていくが…。
公式HPより
映画「ベイビー・ブローカー」キャスト・スタッフ
- 監督・脚本:是枝裕和
- ソン・ガンホ(ハ・サンヒョン)
- カン・ドンウォン(ユン・ドンス)
- ペ・ドゥナ(アン・スジン)
- イ・ジウン(ムン・ソヨン)
- イ・ジュヨン(イ刑事)
映画「ベイビー・ブローカー」ネタバレあり感想
注意
ネタバレを含みます!!
必ず本編鑑賞後にお読みください。
洋画しか見ていなかった僕が邦画を観るようになったのも実は是枝監督のおかげで、「万引き家族」で邦画デビューをしたのをよく覚えています。「万引き家族」も育児放棄と貧困という非常にデリケートなテーマを描きながら、根底には普遍的な家族愛が流れる素晴らしい作品でした。
というわけで本作もかなり気になっていましたし、めちゃくちゃ楽しみにしていた一本。
「赤ちゃんを売りに行くブローカーとその母親のお話」程度にしか前知識がなかったのですが、観てみると意外にロードムービー感が強く、そこに是枝監督らしい疑似家族の絆の物語が加わっていて、その2つが素晴らしい調和で絡み合っている作品であると感じました。
”家族でない者たち”が織りなす絆
是枝監督は過去の作品でも特殊な家族像を描くことが多く、そのどれもが素晴らしい作品です。「海街diary」では三姉妹とその父が遺した隠し子の女の子が家族になっていく過程を描き、「そして、父になる」では子供の取り違え問題から親子関係の本質を追求します。冒頭にも挙げた「万引き家族」は万引きをしながら生活をしのぐ極貧世帯と育児放棄された女の子との物語であり、子供にとっての本当の幸せとは?と観る側に語り掛けるような作品でした。
さらに是枝監督は、家族やそれに似た関係だけでなく難しすぎてぶっちゃけあんまり考えたくない問題を突きつけるような印象があります。
本作「ベイビー・ブローカー」もそういった過去の作品群と共通するような、家族愛や疑似家族の絆を是枝監督らしい切り口で丁寧に描いていた作品であり、同じようにデリケートなテーマを持った作品でもありました。
本作の主人公たちも「赤ん坊を売りさばくブローカー」と「子供を赤ちゃんポストへ入れた母親」、「養護施設に預けられた子供」というなかなか複雑な人間関係から出発します。血縁関係なんか全くない、”赤の他人”の集まりです。
そんな男女がたどっていく物語ですが、感触としては「万引き家族」にかなり近いものがあると感じました。
「万引き家族」も「ベイビー・ブローカー」も、やっていることだけ見れば悪人の物語。そんな登場人物たちが一つの目的を果たしていこうとする中で不思議な絆や繋がりを築いていく点では、この2作品はかなり深いところでリンクしているのではないでしょうか。(観ているうちに登場人物たちに対し「そんな悪い人じゃ無くね?」と思ってしまうのも似てますね。)
“赤ん坊を高い値で売りに行く”という物語の出発点が、”赤ん坊にとって最良の親探し”へ彼らの目的が自然とシフトしていくあたりなんかは、この”家族”が紡いできた絆の結晶であり、子を想う純粋な愛情の証左であると感じます。
是枝監督はこうした人物描写やキャラクターの心情変化を描くのが本当に上手い。観ていてほんとに気持ちが良いから病みつきになります。
”痛み”と”癒し”
他にも本作では是枝監督らしい演出やストーリーテリングが光ります。
是枝監督はあまり多くを語らない脚本が特徴的な監督です。過去作の「歩いても歩いても」がその最たる例だと思っているのですが、主要人物やその周辺人物の過去に何があったかについて多くは語らず、登場人物たちの会話の中で「もしや昔そういうことがあったのか…?」とこちらへ悟らせるような脚本や演出がめちゃくちゃ上手い。
本作「ベイビー・ブローカー」もまさにそんな演出やストーリーテリングが随所に見られ、作品を観ていくうちに登場人物それぞれが過去に痛みや闇を抱えていることがわかります。
サンヒョンは自分の妻や娘との関係で悩み、ドンスは親から捨てられ児童養護施設へ預けられた過去を持つ。さらに彼らを追う刑事であるスジンでさえも、親子関係には黙っていられない過去があり「捨てるなら産むな」と赤ん坊を捨てたソヨンに怒りを覚えます。
こうした事実が余白を持ちながら語られていく脚本が本当に素晴らしいですし、登場人物の闇の部分を描きながら、物語は是枝監督が描きたかった大きなテーマに向かっていきます。
下記は公式HPで掲載されている是枝監督の声明文です。
この「ベイビー・ブローカー」の準備をしている日々で話を聞くことが出来た子供たち
彼らは何らかの理由で親が養育を放棄し施設で育ったのだが、その中の何人もが、果たして自分は生まれて来て良かったのか?という
生に対する根源的な問いに明確な答えを持つことが出来なかった。
そのことを知って僕は言葉を失った。
この世に生まれなければ良かった命など存在しないと自分は彼らに言い切れるだろうか?
お前なんか自分なんか生まれなければ良かったという内外の声に立ち向かって強く生きようとしている
あの子供たちに向けて、自分はどんな映画を提示することが出来るだろう。
作品作りの中心にあったのは常にこの問いだった。
『ベイビー・ブローカー』はまっすぐに命と向き合い、登場人物の姿を借りて、自分の声をまっすぐに届けようと思った作品である。
祈りのような、願いのような、そんな作品である。
ABOUT THE MOVIE|映画『ベイビー・ブローカー』公式サイト (gaga.ne.jp)
物語の終盤でソヨンがそれぞれに向けて「生まれて来てくれてありがとう」と語るシーンは紛れもなく本作のハイライトですが、このシーンこそ是枝監督がこの作品を通して描きたかった一つの答えでもあり、登場人物たちが互いの”痛み”を認知しながら絆をもって向けた”癒し”なのではないでしょうか。
観覧車でのドンスとソヨンのシーンでは、赤ん坊を捨てるソヨンに対しドンス自身が母親にできなかった許しをソヨンに与えます。同じような闇を抱えるドンスは、ソヨンに逃げ場にも似た”癒し”を与えるわけです。こうしたそれぞれが”痛み”を抱えているからこそ成しえる”癒し”の形には筆舌に尽くしがたい感動を覚えます。
彼らが導き出した形こそ、傷ついた者たちだからこそ形成できる絆の到達点だったのではないでしょうか。
まとめ
本作の物語のきっかけにもなった「赤ちゃんポスト」は、劇中でも語られているように「捨てるくらいなら産むな」という価値観と対になるのが必然。
それも一つの正論でしょう。
しかし、劇中ソヨンが発した「産んでから捨てるより、産む前に殺す方が良いのか?」という問いかけは観ているこちらの思考を膠着させるような、まさしく難しすぎて考えたくなくなるような問いかけです。
みなさんはどう思いますか。
まあすぐ答えが出る問題でもないしすぐ答えを出すべきでもないんですが、こうしたある意味で観客を悩ませる作風こそ是枝監督の真骨頂でもありますし、舞台を韓国へ移してもこうした作風が保たれていたことがいちファンとして非常にうれしくもありました。
今後是枝監督は「撮りたい役者がいるから」とアメリカでの映画製作も視野に入れてるそう。
これからも是枝監督の作品はしっかりと追いかけていきたいものです。
以上!!
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