映画「怪物」ネタバレあり感想・考察 視点が変われば景色が変わる。導かれる”幸せ”とは。

映画感想
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是枝監督最新作と聞いて、密かに楽しみにしていた本作「怪物」。予告だけだと情報も少ないし、子供たちの何とも言えない掛け声からホラー映画でもやるのかと一瞬思ってました。

さらに今回は珍しく、脚本を別の方が執筆。連続ドラマで活躍し、最近では映画「花束みたいな恋をした」で高い評価を得た坂元裕二さんによる脚本。

是枝監督に絶大な信頼を置く者として、脚本が別の方というのは最初モチベーションが下がっていたんですが、これがまた大変失礼なことで…。

「怪物」の予習として、坂元裕二脚本作の「花束みたいな恋をした」も観てみたらこれがまあ面白い。自分ではまず選ばないような、キラキラしたその辺の恋愛映画だとばかり思っていたんですがそんなことはなく。個性と無個性の狭間で揺れ動く、超人間臭い恋愛ドラマ×カルチャーホリックものとして現代邦画の代表作だと感じました。

翻って、「怪物」。この脚本、この映画とんでもなく素晴らしいです。

というか、もともと坂元裕二さんをご存じの方からしたら、信頼のタッグのようですね。連ドラを全く見ない僕からしたら勉強不足もいいところで、連ドラも要所要所抑えたほうがいいのかなとやや反省をした次第。

説明が少なくわかりにくい部分も多い映画ですが、ネタバレありでレビューとちょっとした考察をしていきましょう!!

映画「怪物」あらすじ

大きな湖のある郊外の町。息子を愛するシングルマザー、
生徒思いの学校教師、そして無邪気な子供たち。
それは、よくある子供同士のケンカに見えた。
しかし、彼らの食い違う主張は次第に社会やメディアを巻き込み、大事になっていく。
そしてある嵐の朝、子供たちは忽然と姿を消した―。

公式HPより

映画「怪物」キャスト・スタッフ

  • 監督:是枝裕和
  • 脚本:坂元裕二
  • 音楽:坂本龍一
  • 安藤サクラ:麦野沙織
  • 永山瑛太:保利道敏
  • 黒川想矢:麦野湊
  • 柊木陽太:星川依里
  • 田中裕子:伏木真木子

映画「怪物」ネタバレあり感想・考察

注意

ネタバレを含みます。

必ず本編御鑑賞後にお読みください。

本作「怪物」はわかりやすく三幕構成。一つの時系列を三つの視点から描くので、巷では「羅生門」形式なんて呼ばれたりしています。

「羅生門」とは黒澤明の代表作で、ある侍夫婦が野武士に襲撃され妻は強姦、夫は殺害されるという事件が野武士・妻・(巫女に降霊した)夫という三人の視点から解明されていく映画です。さらにそれをずっと傍から見ていた商人の視点もあるんですが、全員が自らのエゴのためにどこかで嘘をついているという、人間の愚かさとわずかな善性を同時に描いた見事な一本です。ざっくりとはこんな感じ。

タランティーノも「ヘイトフル・エイト」とかでこの手法は取ってますが、僕は「桐島、部活やめるってよ。」を思い出しました。同じ邦画だからという単純な理由もありますが、劇中の人間関係とか起きていることが少しずつめくれてわかっていく感じが何となく似てますよね。

本作のスタイルが気に入った方は是非この三作も観てみてください。どれも面白いですよ!

「怪物」が「羅生門」と違うのは、登場人物全員嘘をついていないということ。まあ全くついてないとは言い切れませんが、ほぼありません。

しかしそれこそが本作の重要な語られるべき点なんです。

脚本の坂元裕二さんは本作のきっかけとして「運転中信号待ちをしていたところ、信号が青になっても前にいるトラックがなかなか動かない。クラクションを鳴らしても動かない。しばらくすると、横断歩道に車椅子の方が渡っていたのが見えた。トラックは車椅子の方が渡るのを待っていたのだ。自分からはトラックでその方の姿が見えなかったわけだが、クラクションを鳴らしてしまったことをずっと後悔している」と語ります。

「そういう後ろめたいことは誰にでも起こりうるし、いつか書こうと思っていた」と。

みんな持ってる、人間の浅ましさ

本作は人間は結局「見えている部分でしか語れない」という点を非常に鋭く嫌らしく突いていきます。それによって起こる悲劇も。

3幕構成の中心となるのは、母・担任教師・子供たち(湊と星川くん)の3つの視点。最初は謎だったものが、2・3幕で解明されていく映画的な面白さは本作の白眉です。

人間は無意識のうちに誰かを傷つける余地を持っているし、それに気づきもしないこともあります。本作「怪物」はそういった人間が持つ無意識下の加害性や視点が変われば景色が変わることを非常に巧みに描いていました。

母・沙織は湊の咄嗟の一言から、担任の保利先生が息子をいじめていると思いこむし、学校側の対応もずさんで、孫を失っているとは言え校長の対応も腹立たしい。

保利先生も全く身に覚えのないことで保護者から詰め寄られ、事なかれ主義の学校からはやってもいないことの謝罪を強いられる。校長が「あなたが学校を守るんだよ」と突き放すあのシーンはマジで震えました。そんなことがあっていいのか…。

彼の立場に立てば、母の沙織が言いがかりで学校へクレームを言ってくる過保護な母親に見えるのも無理はないです。

でもそんな保利先生も、星川くんがトイレで閉じ込められていたり、取っ組み合いをしていたことから、湊が星川くんをいじめていると思い込みます。

これは作品で起きる出来事のごく一部ですが、まさしく「見えている部分でしか語れない」という人間誰もが持つ浅ましさを非常に巧妙に描いています。

人間は基本、多面的で善い側面や悪い側面、グレーな部分を持ち合わせていますよね。

結局どこの一面からその人を見るかで印象だって変わるし、見える景色も変わります。

クラスで嫌われタイプのアイツも仲良くなってみれば意外に良い奴で、みんなが嫌う部分はわからなくもないけど、じゃあトータルで嫌な奴か?と言われるとそうとも言い切れない…。みたいなことは誰しも思い当たる節があるんじゃないでしょうか。時には自分自身が”嫌われタイプのアイツ”だったり。

第1幕、2幕で散々観客のストレス指数を上げていた校長も、第3幕では湊が一人抱えていた”怪物”を言葉少なに受け止め、その向き合い方を教えてくれます。劇中、唯一と言ってもいい湊の”良き理解者”でした。

校長と湊がまさに”怪物”の咆哮のように奏でた楽器の演奏(と言っていいのかわからない音色)は、同じように追い詰められた保利先生のその足を止めます。起きるかもしれなかった悲劇を止めたわけです。

湊は靴を隠された星川くんに自分の靴を片方貸したため、片方の靴しか家に持って帰りませんでした。保利先生も飛び降りようとしたその瞬間、便所サンダル片方しか履いてませんでしたよね。

あの場面で校長・湊・保利先生はそれぞれ角度は違えど、同じように”追い詰められた者”として共鳴し、互いに良き理解者になれる第一歩だったような気がします。

保利先生はそれから、湊と星川くんの秘密に気づくわけですが、彼らは誰も見えてなかったそれぞれの一面を見ていた・見ることができたのかもしれません。

彼らはどこへ向かう

本作で誰もが気になるのはその結末でしょう。

台風のあと、湊と星川くんはどうなったのか。彼らは死んだのか…?

この辺は具体的に明かされませんし、本作の作風からも、もしかしたら用意もされていないのかもしれません。我々観客に託そうと。

僕は最初観た時、湊と星川くんは死んだのだと思いました。

時間の進みは言及されないものの明らかに一夜明け台風一過で晴れていたこと(子供たちだけであの夜をしのげるのか?電車も倒れてたし…)、母・沙織と保利先生が廃列車を覗き込んだ時湊が着ていたレインコートが不気味に捨てられていたこと、ラストシーンあまりにも美しかったこと…。

大体そんなことから、彼らは死んだのだと思っていました。誰にも邪魔されない、彼らしかいない世界でその人生を謳歌するのだと。

劇中で、柵で封じられていた奥に続く道も台風の影響か通れるようになっていたのも印象的です。

でも、改めて考えてみると死んでないんじゃないか?と今は思っています。そう思いたい。

理由は校長先生のあの一言。

「誰かにしか手に入らないものは幸せと言わない。しょうもない、しょうもない。誰にでも手に入るものを幸せって言うの。」

台風が過ぎ去った後、星川くんは湊へ自分たちが生まれ変わったのかと問います。「そういうのじゃないと思うよ」と返す湊。「よかった」。

彼らは生まれ変わってなどいないし、その必要もない。彼らは、そのままでいいんです。

劇中、母・沙織は何の気なしに亡き夫が残した「湊には幸せになってほしい」という思いを語ります。普通に結婚して、子供が生まれて家庭を持つような”普通の幸せ”でいいの。と。

自分の中の”怪物”(と捉えているであろうもの)に気付き始めている湊にとって、その言葉はとても受け止めきれないほど重くのしかかります。

普通の幸せって何だよ?

クィアの彼らに、その”幸せ”は手に入れられないのか。

そんなわけはありません。

彼らには手に入れられない幸せも、彼らだけが味わわないといけない不幸せもない。彼らが生まれ変わる必要なんかない。

台風一過、まさしくそこはユートピアのように輝かしい世界が広がります。「出発の合図」と笑い合った彼らを邪魔する柵なんかなく、まさに彼らの人間性やアイデンティティそのままに彼らが人生を謳歌して生きる、その先暗示するような大きな希望を持ったラストだと、今は思っています。

校長先生が言うように、幸せは「誰にでも手に入る」のだから。

まとめ

いやあ久しぶりに脳汁がドバドバでる”良い映画”でしたね!!

ほんとにそう思います。

劇中語られる「普通の幸せ」という言葉や「男なんだから」とか、そういった言葉の持つ加害性に改めて気づかされました。自分の予期せぬところで誰かに圧をかけているよなあと。(あんまりこういう言葉は日ごろ言わないようにしてますが…)

そういうなんとも嫌らしいところに切り込んだ坂本脚本と是枝監督の手腕には本当にやられました。お見事!

坂元裕二さんはNetflixと独占契約を結んだようで、今後はしばらくNetflixとの仕事が続きそうです。

今後もしっかりと追いかけていきたいと思います。

なんとも不思議な熱さが乗ってしまい、とりとめもない部分も多かったですが、最後まで読んでいただいた方、ありがとうございます!

これからもこんな映画にたくさん出会いたい!!

以上!!

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